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明治天皇(6)

文久2年の寺田屋事件の後、京都では天誅が流行り、幕府寄りの者たちが次々に暗殺されていきました。勤皇や攘夷を声高に叫ぶ志士たちは、やがて倒幕へと突き進み始めます。しかし、倒幕の意思がない孝明天皇は、長州藩やそれに味方する公卿らを京都から追放し、倒幕の先鋒として大和に向かった中山忠光ら天誅組も壊滅するのでした。
 
 

主な登場人物

あらすじ

文久2年(1862年)4月23日。寺田屋に集結した志士たちと薩摩藩士との間で斬り合いとなりました。薩摩が倒幕に動き出したと早合点した志士たちでしたが、激発を止めようする薩摩藩士たちの説得に応じることに。そこには、田中河内介もいました。

寺田屋事件の後、田中河内介は船で薩摩に送られることになりましたが、その途中、薩摩藩士によって暗殺されます。

寺田屋事件の後、京都は、天誅の嵐となり、島田左近ら幕府寄りの人々が次々に暗殺されていきました。

明けて文久3年になると、これまでの公武合体から勤皇の声が強まり、長州藩やそれに加担する公卿らが、幕府に対して攘夷決行を迫るようになります。上洛した将軍徳川家茂は、孝明天皇の攘夷祈願に供奉します。そして、長州藩らの画策通りに攘夷決行を約束させられました。

田中河内介の遺志を受け継いだ中山忠光は、土佐脱藩浪士の吉村寅太郎らとともに天誅組を結成し、孝明天皇の大和行幸の先鋒として五条代官所を襲撃し、一気に倒幕に向かおうとしていました。しかし、その前に中川宮(久邇宮朝彦親王)から大和行幸の目的が倒幕であることを伝えられた孝明天皇は、長州藩を御所の警備から外し、三条実美ら七卿を京都から追放します。

大和行幸の中止を知った天誅組は、それでも活動をやめず、ついに幕府側の軍勢によって壊滅させられ、長州にかくまわれた中山忠光も、翌年に長府藩士らによって暗殺されるのでした。

読後の感想

明治天皇の最終巻です。

文久2年(1862年)から元治元年(1864年)までの2年間、政治情勢は目まぐるしく変転します。文久2年が幕府と朝廷が手を取り合い国難にあたる公武合体の年であれば、翌年の文久3年は勤皇を叫ぶ志士や公卿たちによって政治が動かされた年でした。

しかし、勤皇を叫ぶ志士たちと孝明天皇の思いは全く異なっていたため、彼らは、やがて京都政界から姿を消すことになります。

孝明天皇の攘夷の意思は、武力をもって開国を迫る諸外国のやり方に屈してはならないというものであり、日本国民全員が力を合わせて国難を乗り切ろうとするものでした。孝明天皇にとって、国民は全員我が子であり、そこには倒幕という考えはありません。

また、開国を拒むとは言え、こちらから外国船を攻撃すべきではないとも考えており、武力による問題解決を良しとはしていませんでした。

ところが、孝明天皇の意思を理解していなかった三条実美ら七卿や長州藩は、攘夷を声高に叫び、それを実行できない幕府は倒すべきだとテロを繰り返します。しかし、孝明天皇の意思に背いた天誅組など尊皇攘夷の志士たちは、次々に命を落としていきました。

元治元年になると、幕府が再び力を盛り返し、長州征伐を行います。しかし、この頃から、政治は、公武合体や勤皇といった思想的な背景が失われ、現実的な問題を処理することが優先されていきます。

武力による問題解決を許さない孝明天皇にとって、諸外国も長州藩も同じ世間を騒がす存在でしかありませんでした。だから、国民全員我が子であるにもかかわらず、幕府に一貫して長州を征伐するように勅命を下し続けます。

しかし、財政的にひっ迫してきている幕府は、イギリスが要求する兵庫開港の勅許を得て、朝廷が開国を認めていることを理由に長州藩に武力行使をやめるよう勧告するつもりでいました。でも、兵庫開港の勅許は下りず、長州征伐だけが認められたため、将軍徳川家茂は、苦しい立場に立たされました。

本作は、孝明天皇の崩御までで終わります。

明治天皇の生涯については、ほとんど描かれていません。これについては、書店で、さらっと立ち読みした本に著者の山岡荘八が、明治天皇替え玉説の真実に気付いたからだと述べられていました。本のタイトルは忘れてしまいましたが、興味深い話です。

慶応2年に徳川家茂が若くして亡くなり、その年の暮れに孝明天皇も崩御しました。どちらも、暗殺されたのではないかとの噂があります。そして、明治天皇もまた、この時期にすり替えられたのではないかとの噂があります。

では、明治天皇の正体は誰なのでしょうか。それは、長州藩士の大室寅之祐(おおむろとらのすけ)だと言われています。孝明天皇が崩御した頃に明治天皇も、大室寅之祐にすり替えられていたことに気づいたから、山岡荘八は、ここで筆を置いたのだと。

しかし、本作が、孝明天皇の崩御までで終わっていることと明治天皇替え玉説との関係には疑問があります。本作では、明治天皇が即位後に田中河内介の消息を元岡藩士の小河一敏に下問したことが紹介されています。明治天皇が大室寅之祐であれば、このような下問は考えにくいです。また、この話を紹介していることから、山岡荘八が明治天皇替え玉説を信じていたとも考えにくいです。

山岡荘八の作品には、明治天皇のように主人公の生涯を最後まで描いていないものが他にもあります。坂本龍馬源頼朝が、その例です。明治天皇替え玉説は興味深い話ですが、本作の内容とは関係がないように思います。

本作では、明治天皇の登場は非常に少ないです。黒船来航からの幕末の一連の政治の流れに登場人物を重ねながら物語が進んでいきます。そのため、主人公がいったい誰なのかわかりにくいですが、幕末の複雑な政治情勢を理解しやすい内容になっています。

公武合体から勤皇、攘夷から開国へと移り変わる政治の流れを理解したいという方に山岡荘八の明治天皇はおすすめの作品です。

 
 
明治天皇(6)-山岡荘八
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