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時代小説の魅力

時代小説の魅力。それは、その時の流行り廃りとは関係なく作品を楽しめること。どんなに古い作品でも、色褪せることがないのは、歴史の世界を再現しようとする書き手の創作意欲が伝わってくるから。史実に忠実であろうとする歴史小説、フィクションを織り込んだ作品、どれも作家の特徴が出て味わい深いのが時代小説の魅力です。

最近読んだ時代小説

沖田総司恋唄-広瀬仁紀
池田屋に潜伏していた山崎蒸が、土方歳三に浮浪が出入りしていることを伝えます。四国屋でも浪士たちの集会があるとの情報を得た土方は、新選組を二手に分け、沖田総司らを池田屋に向かわせ、浪士たちの捕縛に成功しました。しかし、池田屋から戻った翌日、総司の顔は青ざめていました。
土方歳三散華-広瀬仁紀
池田屋事件の後、新撰組隊士たちに松平容保から褒賞が贈られます。その際、土方歳三は、探索としての山崎蒸の功績を松平容保に言上し、山崎もまた褒賞を得ることができました。その後、新選組内部で様々な事件が起こり、そのたびに土方歳三は、隊士たちをやむを得ず処分していくのでした。
最後の将軍-司馬遼太郎
水戸の徳川斉昭の子として生まれた慶喜は、一橋家の養子となり、次期将軍候補として周囲から期待されました。しかし、井伊直弼の安政の大獄により、慶喜は隠居慎となります。桜田門外の変により、幕府の権威が衰えると、その回復のために再び慶喜が政治の世界に現れます。将軍後見職となった慶喜は、朝廷、各藩、諸外国を相手にその才能を発揮するのでした。
明治天皇(6)-山岡荘八
文久2年の寺田屋事件の後、京都では天誅が流行り、幕府寄りの者たちが次々に暗殺されていきました。勤皇や攘夷を声高に叫ぶ志士たちは、やがて倒幕へと突き進み始めます。しかし、倒幕の意思がない孝明天皇は、長州藩やそれに味方する公卿らを京都から追放し、倒幕の先鋒として大和に向かった中山忠光ら天誅組も壊滅するのでした。
明治天皇(5)-山岡荘八
安政7年(1860年)3月3日。ついに水戸藩士たちの怒りが爆発します。大老井伊直弼は、桜田門の外で、水戸浪士たちの襲撃を受け、この世を去りました。大老襲撃の衝撃は京都にも伝わり、所司代の酒井忠義は、不逞浪士の取り締まりを強化します。さらに幕府は公武合体を推し進めるため、皇女和宮の降嫁を朝廷に求めました。そのような混乱の中、祐宮が親王宣下を受けるのでした。
明治天皇(4)-山岡荘八
勅許を得ずに通商条約に調印した幕府は、それを宿次奉書で朝廷に報告しました。これに対して、公卿や水戸派の者たちは、朝廷を軽視した行為だと、大老井伊直弼を批判します。アメリカだけでなく、イギリスやロシアからも通商を求められた井伊直弼は、次々に諸国と条約を調印しますが、国内では、彼を退けるために尊皇攘夷の志士たちが水面下で動きだすのでした。
明治天皇(3)-山岡荘八
日米和親条約の調印直後、京都では内裏が火災に遭います。幕府はすぐに内裏の再建に着手し、諸藩も協力しました。アメリカからハリスが総領事として神奈川に着任すると、幕府に通商条約を迫ります。世界情勢を鑑みると通商条約の締結は日本にとってやむを得ないことと考えた幕府は、勅許を得ようとしましたが、朝廷はこれを拒否するのでした。
明治天皇(2)-山岡荘八
祐宮の誕生から間もなく、浦賀に黒船が来航し、国内は騒然としました。国交を求め威嚇を繰り返すペルリ。冷静に交渉を進めようとする浦賀奉行の香山栄左衛門。それぞれに不安を抱きながらも、幕府はアメリカの国書を受け取るのでした。
明治天皇(1)-山岡荘八
外国船が頻繁に日本近海に現れるようになり、国内は騒がしくなってきました。孝明天皇が海外防禦の勅諭を幕府に下すと、勤皇家たちの活動が活発になり、田中河内介も、彼らとの接触が増えていきました。そんな時、皇子が誕生し、人々に大きな気力を与えたのでした。
沖田総司(下)-早乙女貢
近藤勇らとともに結成した新選組で働く沖田総司は、不逞浪士を取り締まる日々を送ります。そんな中、大場典膳の妻たまきとの出会いが、総司の運命を変えていきます。八月十八日の政変、池田屋事件と活躍した新選組は、不逞浪士たちから恐れられる存在になっていきました。しかし、新選組の名が広まるにつれて、総司の病はひどくなるのでした。