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城塞(上)

徳川家康の天下取りの総仕上げは豊臣家を滅ぼすこと。本多正純や崇伝の悪知恵を使い、豊臣から戦を仕掛けさせようとする家康の巧妙なやり口が描かれています。間諜として大坂城に送り込まれた小幡勘兵衛の活躍も見逃せません。
 
 

主な登場人物

あらすじ

慶長9年(1604年)8月。故太閤の7回忌にあたるこの年、豊国大明神の社が、その忌をにぎやかに営みたいと京都所司代に願い出ました。

関ヶ原の戦いの勝利で晴れて天下人となった徳川家康は、金地院崇伝と相談の上、それを許可します。どうせ集まる人は少ないだろうと思っていた家康でしたが、祭礼の当日は都の大路小路に多数の男女が出、踊り楽しみました。

それに不安を感じた家康は、翌慶長10年に将軍職を子の秀忠に譲ります。天下を豊臣秀頼に譲るものと思っていた上方の人々は、これに衝撃を受けました。

豊臣秀吉は、自分が亡き後は、家康の孫娘である千姫を秀頼に嫁がせるようにと遺言を残していました。その遺言通り、二人は慶長8年7月28日に婚礼を行います。この時、秀頼は10歳、千姫は6歳でした。しかし、秀頼の母の淀殿は、千姫を秀頼に近づけようとしませんでした。

慶長16年。家康は、後陽成天皇が皇位を後水尾天皇に譲ったことから、その践祚の式に出席するため上洛することになりました。 その際、秀頼と対面し豊臣に臣下の礼をとらせるつもりでいましたが、不本意にも家康から一礼してしまいました。家康は、この時から豊臣潰しを考えるようになり、本多正純に大坂城に諜者を送り込むように指示し、小幡勘兵衛景憲がその役目につきました。

慶長19年4月。豊臣の財産を使い果たさせるために徳川から工事を提案した方広寺の大梵鐘が完成します。そこに刻まれていた「国家安康」と「君臣豊楽」を家康に仕える崇伝、林道春(はやしどうしゅん/林羅山)、天海が見つけ、豊臣との戦の口実とします。また、徳川との連絡役だった豊臣家に仕える片桐且元が大坂城から追放されたことで、東西手切れとなるのでした。

読後の感想

大坂の陣を題材にした作品です。

徳川家康が、天下をとるために豊臣家との戦を巧みに仕掛けていく過程が描かれています。家康の知恵袋として活躍するのが、本多正純と崇伝です。彼らは、大坂から戦を仕掛けさせるため、様々な工作を行っていきます。同時に豊臣秀吉が残した莫大な遺産を使わせるため、諸国の寺社仏閣の修繕を豊臣秀頼に提案し、着々と家康の天下取りを進めていきます。

また、大坂城には、小幡勘兵衛を間諜として送り込み、内部工作もします。この小幡勘兵衛の存在が、「城塞」では興味深い位置づけとなっています。

小幡勘兵衛を徳川の回し者だとわかっているのですが、読み進めていくうちに、まるで彼が豊臣方の人間であるかのように思えてきます。

読者まで、小幡勘兵衛を豊臣の味方だと思わせてしまう物語の進み方が見事ですね。

 
 
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