HOME > 作家別 > 津本陽 > 龍馬(4)

 

龍馬(4)

蛤御門の変で長州藩が敗れると、長州藩士も在籍していた神戸海軍塾は解散となりました。勝麟太郎は薩摩の西郷吉之助と会談し、長州藩の処分を寛大にすること、海軍塾の塾生たちを薩摩藩で面倒をみてもらいたいことを頼みます。勝と龍馬に出会った西郷は、長州藩と手を組むことを考え始め、龍馬に薩長連合の仲介を依頼するのでした。
 
 

主な登場人物

あらすじ

元治元年(1864年)7月に起こった蛤御門の変では、神戸の海軍塾に在籍していた長州藩士たちも、京都へ奔り長州藩兵となって幕府軍と戦い敗北しました。

その頃、大坂や京都で新選組の取り締まりが厳しくなる中、龍馬は入京し金蔵寺で暮らすおりょうに会いに行きます。

幕府が長州征伐の準備を進めている時、勝麟太郎(海舟)は薩摩藩の西郷吉之助(隆盛)と会談しました。勝は、今長州藩を潰すことは日本の将来に悪影響を及ぼすと西郷を説き、長州藩の処罰を寛大にするように訴えます。そして、解散することになった海軍塾の塾生たちを薩摩藩で面倒をみてもらえないかと頼みました。

薩摩藩に厄介になることが決まった龍馬たち海軍塾の塾生は、長崎へ行き、そして、龍馬は西郷と共に鹿児島へ向かいました。

鹿児島で西郷は、長州藩と手を組みたい旨を龍馬に伝え、その斡旋を依頼します。龍馬は直ちに長州の桂小五郎(木戸孝允)と会い、薩長連合の話を切り出しました。

桂は、西郷との面会を承諾。ところが、肝心の西郷が京都政界の急変を知り、桂との面会の約束を違え京都へ向かったのでした。

読後の感想

第4巻の読みどころは薩長連合です。

蛤御門の変の後、窮地に陥った長州藩を助けるため、勝海舟が西郷隆盛に長州藩の処分を寛大にするように頼みます。薩長連合の構想は、この時から始まったと言えるでしょう。

薩長連合の仲介役を務めるのは、坂本龍馬と中岡慎太郎です。西郷は、龍馬と会った時、軍艦を動かす技術ではなく、その政治的手腕を高く評価しました。龍馬が、薩摩藩と長州藩の間を取り持ったのも、その政治的手腕を西郷隆盛に買われたからなんですね。

龍馬は、鹿児島、長崎、山口、京都と忙しなく動き回ります。そして、その間も、おりょうに会いに行くことを忘れません。新選組の取り締まりが厳しくなった京坂に潜入することは命がけです。

薩長連合が成立すると、龍馬の名が世に知られ始めます。土佐藩でも、後藤象二郎が長崎へ行き、龍馬に接近しようとします。後藤は龍馬の親友の武市半平太を処刑しています。一方、龍馬も加盟していた、武市半平太が率いた土佐勤王党も後藤の叔父の吉田東洋を暗殺しています。

お互いに宿怨がある二人を引き付けたのも、時勢だったのでしょう。

 
 
龍馬(4)-津本陽
取扱店