大悲の海に 覚鑁上人伝
伊佐平治兼元の三男として産まれた弥千歳は、父より偉い人がいるのかを兄に尋ね、この世で大日如来が最も偉いことを知ります。出家を決意した弥千歳は、仁和寺寛助の下で修業した後、覚鑁となってさらに仏教を極める修行に打ち込むのでした。興教大師覚鑁の生涯を描いた長編。 |
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主な登場人物
あらすじ
康和2年(1100年)6月はじめ。
伊佐平治兼元は、有明海の湾内にある伊倉湊から、船を出して北に向かっていました。船には旅商人10人ほどと武士が3人、そして、兼元の三男坊の弥千歳(覚鑁)が乗っています。
船は、途中、海賊に襲われたものの、兼元の名を聞き慌てて逃げだしました。その時、弥千歳は、天下に父者より豪気な人がいるのかと尊敬の目で仰ぎ見るのでした。
船旅から戻った弥千歳は、兄の千歳に「父よりえらき人がおられるや」とたずねます。すると千歳は、彼らが住む藤津庄を所領とする仁和寺寛助が父より偉いと答えました。さらに弥千歳は、寛助より偉い人がいるかを千歳にたずねます。そして、千歳は京の帝がもっと偉いと答えました。また、帝より偉いのは、み仏だとも言い、その中でも大日如来が最も偉い方だと弥千歳に教えます。
千歳の話を聞いた弥千歳は、大日如来に会いたくなり、千歳に会わせてくれと頼みます。すると、千歳はそれを承諾し、二千歳も合わせて兄弟3人で草葉の観音堂のお山へ向かいました。
汗を拭きつつ登った先の崖には、幾つもの仏像が彫られており、真ん中には大日如来もありました。その姿に感動した弥千歳は、自分も大日如来になるため出家を決意するのでした。
読後の感想
真言僧の覚鑁上人の生涯を描いた作品です。
物語は、覚鑁がまだ弥千歳と称していた幼少時代から始まります。父伊佐平治兼元は、肥前国藤津庄の庄司で総追捕使をつとめ、その名は海賊たちからも恐れられていました。弥千歳は、父兼元を尊敬するとともに父より偉い人がこのようにいるのかを知りたくなり、兄千歳に尋ねたところ大日如来が最も偉いことを知ります。
出家の道を選んだ弥千歳は、慶照の下で修業した後、13歳で京都の仁和寺に入寺し、寛助と出会います。仁和寺は真言宗のお寺で、弥千歳はその教義の概略を学び、さらに奈良興福寺で、法相宗、天台宗、華厳宗、倶舎、唯識なども学びました。その後、覚鑁となった弥千歳は高野山に登るのですが、金剛峯寺とは長い因縁に悩まされることになります。
覚鑁は、通常40歳から上の者でなければ阿闍梨位を継承するための印可を受けられないのですが、27歳で寛助から阿闍梨位を継承します。このような異例の印可を知ると、彼がいかに仏道修行に精を出していたかがよくわかります。
覚鑁が生きていた平安時代後期は、源平合戦から鎌倉幕府が成立する少し前の鳥羽上皇の治世で、都では数えきれないほどの餓死者が出ていました。上皇は、覚鑁に帰依するのですが、荒れた都を救うためには覚鑁のような優れた僧に頼らなければならないと考えたのでしょう。
本作では、仏教の難しい言葉が出てきますが、物語の中に混ぜながら、それらについて簡単に解説されているので、仏教に詳しくない読者でも最後まで読み進めることができると思います。
歴史小説は、武士を主人公にした作品が多いですが、僧が主人公の作品を読むと、その時代、人々が何に困っていたのかがわかりますね。
大悲の海に 覚鑁上人伝-津本陽 |
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