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上杉謙信

永禄元年に和議が成立した武田が再び不穏な動きを見せ始めます。謙信は、武田に使者を送るとともに出陣の準備をすすめます。武田信玄もまた、謙信の使者に面会後、出陣を決意し、両者は川中島で一大合戦を演じるのでした。
 
 

主な登場人物

あらすじ

永禄4年(1561年)正月。上杉謙信は33歳となりました。

3年前に和議が成立していた甲斐の武田信玄が、再び不穏な動きをし始めます。そこで、謙信は、斎藤下野(朝信)を使者として甲斐に派遣しました。

信玄に面会した斎藤下野は、なぜ割ケ嶽を攻めたのかを問うと、信玄は割ケ嶽は以前は武田家の所領であったと述べました。両者の問答が繰り返されている中、謙信は出陣し、その報せは信玄の耳に届きました。

斎藤下野ら謙信の死者は、武田の屋敷から逃げ出します。しかし、すぐに武田の追手に捕えられ、信玄のもとに連れ戻されました。信玄は、下野に謙信の出陣を知って甲斐に来たのかと問えば、下野は使者にそのようなことを教える謙信ではないと答えたため、穴倉に押し込められました。

川中島に向かって兵を進めた謙信は、妻女山に登ります。

その妻女山に信玄から初鹿野伝右衛門が使者として遣わされました。謙信の家臣鬼小島弥太郎は伝右衛門を出迎え、謙信のもとに案内します。伝右衛門は、今回の出兵は永禄元年の和議を破棄するものであり、一大合戦を遂げて雌雄を決するという信玄の言葉を謙信に伝えました。謙信もまた同意し、上杉と武田の両軍はその時を待つのでした。

読後の感想

戦国時代の武将上杉謙信を主人公にした作品です。

本作は、謙信の生涯を描いたものではなく、4回目の川中島の戦いに焦点を当てて物語が進んでいきます。川中島の戦いは、11年に渡り上杉と武田の両軍が5回干戈を交えましたが、最も激しい戦闘となったのが、4回目の川中島の戦いです。謙信がただ一騎で信玄に斬りつけたと言われるのは、この4回目の川中島の戦いの時です。

4回目の川中島の戦いは、上杉と武田のどちらの勝利だったのか、意見の分かれるところです。川中島から撤退した上杉の負けとする意見もあれば、有力な家臣を多く失った武田の負けとする意見もあります。

妻女山に登った上杉勢を武田勢は挟み撃ちにする啄木鳥の戦法を採ります。この戦法を信玄に提案したのは、山本勘助と言われています。しかし、啄木鳥の戦法を謙信が見破り、上杉勢は武田の本陣近くまで攻め込みました。

謙信は、どうやって啄木鳥の戦法を見破ったのか、ここが本作の読みどころのひとつと言っても良いでしょう。

また、合戦後の謙信と村上義清との会話も考えさせられるものがあります。謙信が信玄と戦うようになったのは、信玄に領地を奪われた村上義清の懇願からでした。

4回目の川中島の戦いでは、両軍とも3千人以上の兵が討死しています。これだけ多くの犠牲者を出したことに村上義清が、申し訳なさでいっぱいになる場面は、目頭が熱くなることでしょう。

 
 
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