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炎環

野望を隠しながら生きる阿野全成、自分の意思に反して嫌われ者となっていった梶原景時、北条政子と同じような運命を背負った阿波局、目立たないように北条氏の実力を蓄えていった北条義時。それぞれに異なる視点で鎌倉幕府の成立を目指した4人の人物を主人公にした4作品を収録。
 
 

収録作品

  1. 悪禅師
  2. 黒雪賊
  3. いもうと
  4. 覇樹

悪禅師

主な登場人物

あらすじ

醍醐寺に預けられていた今若は、得度して全成となり、平家追悼のため挙兵した源頼朝の陣屋に駆け付けました。

頼朝は、涙を浮かべながら全成が馳せ参じたことを喜びます。その後、源義経も馳せ参じた時、頼朝は涙を浮かべ歓迎したことを知った全成は、頼朝への警戒心を強くしました。

北条の助けなしに平家の追討も武家政権の確立も頼朝にはできないことを知った全成は、自らの野望を秘し、誰からも目を付けられないよう目立たない日々を送るのでした。

読後の感想

歴史の中では、「あの人は一体どうなったのか」と疑問に残る人物がいます。常盤御前の子の今若、乙若、牛若の三兄弟のうち前二者もそれに該当する人物と言えます。本作は、今若こと全成の生涯を描いた短編です。

源頼朝の陣に馳せ参じた全成は、弟の義経が、頼朝の命で平家追討のために出陣したことに嫉妬します。しかし、それは全成のその後にとっては良いことでした。義経は、やがて頼朝に疎まれ命を失います。義経とともに平家を滅ぼした源範頼もまた頼朝に疎まれ命を落とします。

そのようなこともあり、全成は、頼朝に睨まれないように目立たない日々を送ります。しかし、全成は、心に秘した野望を隠し切れず、命を絶たれることになります。

本作は、源氏の骨肉の争いが、全成という歴史の中に忘れられた人物の視点から描かれています。

黒雪賊

主な登場人物

あらすじ

石橋山の合戦で敵方の源頼朝の命を救った梶原景時は、その功績により後に頼朝に召し抱えられます。

初めて頼朝に拝謁した景時は、都の公家のような匂いがする頼朝に武家の棟梁としては心もとない気持ちになりました。しかし、頼朝の信頼は厚く、景時は重用され始めます。

頼朝の弟の義経が上洛し木曽義仲を討つと、さらに一ノ谷では平家に大打撃を与える勝利を得ました。その鮮やかな戦ぶりに感服した景時は、鎌倉の頼朝に書面で戦の報告をします。

しかし、頼朝は景時の報告は褒めたものの、義経の活躍には触れませんでした。この頼朝の態度に景時は不穏なものを感じるのでした。

読後の感想

梶原景時を主人公にした作品です。

景時は、鎌倉に義経の失態を報告し、やがて頼朝と義経の兄弟喧嘩に発展させた人物とされていますが、本作に登場する景時は、そのようには描かれていません。

初めて頼朝を見た景時は、武家の棟梁としては頼りなく感じました。しかし、武家政権を確立させるためには、頼朝を頂点に武士たちを結束させなければなりません。景時は、そのために頼朝を実際よりも偉大に見せるため働きます。

ところが、景時が鎌倉幕府の確立と安定のために働けば働くほど、周囲からは頼朝に媚びへつらう嫌な奴と思われるようになります。

これまでの梶原景時に対する見方が変わる作品です。

いもうと

主な登場人物

あらすじ

源頼朝の妻政子の妹の保子(阿波局)は、妹たちが嫁いでいっても、まだ結婚していませんでした。

そんな時、政子は、保子に縁談の話を持ち掛けます。その相手は、頼朝の弟の全成です。全成と結婚した保子はすぐに妊娠します。政子は、保子への嫉妬からか、心の奥で女の子が産まれることを願います。そして、保子は、女の子を出産しました。

その後、政子も男の子を出産。さらに幼い長女の大姫が、木曽義仲の嫡男義高を婿に迎えることになりました。しかし、頼朝は、義仲を討つと、義高が邪魔となったため暗殺します。

義高がどこへ行ったのか知りたがる大姫。周囲の誰も本当のことを大姫に言わずにいた中、保子だけは真実を教えました。それからの大姫は気落ちし、若くしてこの世を去ります。そして、保子と政子は、その後、同じ運命を背負うことになるのでした。

読後の感想

北条時政の2人の娘の関係を描いた作品です。

政子は源頼朝の妻となり、妹の保子は悪禅師で登場した全成の妻となります。政子と保子が姉妹なら、頼朝と全成も兄弟です。2人の姉妹は、同じ血筋の男性を夫としましたが、武家の棟梁である頼朝の妻になった政子の方が有名ですね。

政子は、2代将軍の頼家と3代将軍の実朝を産みます。頼朝亡き後は、尼将軍として鎌倉幕府を支えていきますが、本作では、そのようには描かれず、弟の北条義時に利用されるような存在となっています。

一方の保子は、目立たないものの夫の全成が、実朝の乳母となったことから強い権力を持つことになります。

政子と保子は、性格は違うものの、人生は奇妙なほどよく似ており、やがて、2人は夫も子も失います。鎌倉幕府成立を題材にした歴史小説では、武士の視点から描かれることが多いですが、本作では、その陰に隠された姉妹の確執を描いているのが、読んでいて新鮮に感じました。

覇樹

主な登場人物

あらすじ

四郎(北条義時)は、父の時政、兄の三郎とともに源頼朝の挙兵に加わり山木兼隆に勝利したものの石橋山で敗北します。

この戦いで三郎が討死したことで、北条は、その後に勢力を盛り返した源頼朝の下での権力争いに後れをとることになりました。また、源氏は、木曽義仲を討ち、平家も滅ぼしましたが、四郎はこれといった活躍をできませんでした。

源頼朝の突然死により、鎌倉では、豪族たちの勢力争いが始まります。2代将軍の源頼家も早世し、3代将軍の実朝もまた公暁に暗殺され、豪族間の争いは激化。そんな中、四郎の存在は目立ちませんでしたが、着実に北条の力を蓄えていくのでした。

読後の感想

北条義時が主人公の作品です。鎌倉幕府は、3代で源氏の血が絶え、北条氏が執権として実権を握るようになりました。北条政子が頼朝の妻であったことから、簡単に北条氏が力を持つようになったと思われがちですが、そうなるまでに数々の権力闘争を繰り広げています。

そんな中で義時は、あまり目立つような存在ではありませんでしたが、やがて彼の力により、北条氏は鎌倉幕府で重要な地位に就くことになります。

炎環は、4つの短編集のような構成になっていますが、それぞれが独立した物語ではなく、鎌倉幕府の成立という視点で見ると深くかかわりあっています。

4つの作品に登場する主人公は、各々が鎌倉幕府を強くしていこうとしますが、幕府内の勢力争いに巻き込まれていきます。自らが権力を握ろうとする者もいれば、頼朝を支えようとする者もおり、幕府の権力を強化しようとする目的は同じでも、違った考えを持っており、それが豪族間の争いにつながっていきました。

鎌倉時代初期の作品は、源平合戦が中心になりやすいですが、炎環は、鎌倉幕府の成立を軸に登場人物を描いている点が新鮮さを感じさせてくれます。

平家が滅亡してすぐに鎌倉幕府が成立したと思っていた方に炎環は、ぜひとも読んでいただきたい作品です。

 
 
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