闇の通い路
小鹿島公業と美作朝親の内室の不倫を下人の鶴五と恋人のなぎさの視点で描いた「闇の通い路」、千里耳を持つ畠山重忠がひょんなことから三浦勢と戦う初陣を描いた「重忠初陣」、鎌倉幕府創立当初の御家人間の勢力争いに巻き込まれていく仁田忠常を描いた「猪に乗った男」など、平安時代末期から鎌倉時代にかけての短編8作品を収録。 |
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収録作品
お告げ
主な登場人物
あらすじ
いつも「ついてない」とぼやく美津女は、亡くなった両親から資産を受け継ぎ、乳母のしなのとともに不自由のない暮らしをしていました。
しかし、美津女は、男運が悪く良い婿が現れませんでした。そんな時、葛井大足という男が、2、3ヶ月前からやって来て住み着くようになります。葛井大足は酒乱で、酒に酔うとちょっとしたことで腹を立て、美津女を殴る蹴るの半殺しにします。
このような生活を見かねたしなのは、清水の観音さまにお参りをしに行きます。その時、盲目の女に供米の残りを与えると、くらがり小路の行者を紹介されました。
しなのは、その話を美津女にし、2人でこっそりとくらがり小路まで行者を訪ねるのでした。
読後の感想
平安時代の特殊詐欺のような物語です。
当時は、男性が女性の家に入り結婚することが一般的でした。美津女のもとにも、何度か男がやって来ましたが、良い婿はいませんでした。それどころか、酒乱の葛井大足が転がり込んできたことで彼女の暮らしは一変します。
心配した乳母のしなのは、清水の観音さまにお参りをした際、くらがり小路の行者の話を教えてもらい美津女を救おうとします。この後、美津女の悩みは解消されるのですが、本当に一件落着だったのか考えさせられます。
その眼
主な登場人物
あらすじ
清水に参籠に行った萩の君と侍女のあゆちが行方不明となりました。萩の君の父は、名国司として評判の藤原貞成。
その評判から国司を歴任し、十分に貯えもでき、宮廷や仏閣にも寄進をするほどでしたが、このところ、彼の身辺で火災が発生することが何度かありました。
萩の君は、やがて下人によって貞成の邸宅まで運ばれてきましたが、侍女のあゆちは戻って来ませんでした。彼女は、貞成にあゆちが自分の身代わりとなり、男に閉じ込められていることを明かすのでした。
読後の感想
名国司として評判の藤原貞成に起こった誘拐事件を描いた短編です。
人に恨まれるようなことをしていない貞成なのになぜ娘と侍女が誘拐されたのか。物語が進むにつれ、貞成の別の顔が明らかになっていきます。ただ、それも真実なのかどうか、読者は最後まで疑問を持ちながら読み進めることになります。
わが殿
主な登場人物
あらすじ
弥六はわが殿牧三郎(牧宗親)から、常日頃、「人間、人より三日先、三月先、三年先を考えねば、うだつは上がらぬ」と聞かされ、その才覚にほれ込んでいました。
藤原氏全盛の時代に平家に近づき出世の糸口をつかんだわが殿に心酔する弥六でしたが、同じ下人の中太は、たいした力もないのに大仰な口をきくのがわが殿の悪いところだと思っていました。
牧三郎は、上洛した際、妹の潮路を平家一門の池頼盛にあずけることになりました。しかし、潮路は、当時無名だった北条時政の手が付き伊豆に下ることになります。これで、出世の道が閉ざされたかに思われた牧三郎でしたが、思わぬ形で源頼朝と出会うのでした。
読後の感想
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士牧宗親を主人公にした作品です。
主人公と言っても、物語は、牧宗親の下人の弥六と中太の会話で進んでいきます。出世していくわが殿の才覚にほれ込む弥六と単なる偶然に過ぎないと冷静な目で見る中太の会話が、なかなかおもしろいです。
北条時政に嫁いだ牧宗親の妹の潮路は、やがて牧の方と呼ばれるようになります。これが縁で、源頼朝のもとで働けるようになる牧宗親なのですが、頼朝の浮気相手の亀の前の館を打ち壊したことで、髷を切られる恥辱を味わわされます。
それでも、頼朝のもとで働くことができた宗親は、池頼盛の助命に成功するなど活躍を見せます。しかし、それは、本当に宗親の手柄だったのか。宗親とは関係なく助命されたのではないのか。宗親の生涯を滑稽に描いているのが興味深いですね。
重忠初陣
主な登場人物
あらすじ
遠くの音を聞くことができる千里耳を持つ畠山重忠は、小鶴と寝ている時、馬が駆ける音を耳にします。
その音にただならぬものを感じた重忠は急ぎ館に戻りました。すると、先ほどの馬の足音は、源頼朝の挙兵を報せる早馬だったことがわかります。留守の父に代わり、郎党を率いて出陣する重忠でしたが、頼朝の反乱はすでに鎮圧されていました。
眼前には、頼朝に味方した三浦勢。
重忠は、穏便にその場をやり過ごそうとしましたが、ひょんなことから双方で戦いが始まるのでした。
読後の感想
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将畠山重忠の初陣を描いた短編です。
畠山重忠は、源頼朝に仕え平家を滅ぼしていますが、初陣は平家方に味方し、頼朝の挙兵の鎮圧にあたっています。重忠の初陣は、頼朝が簡単に鎮圧されたことで戦らしい戦を経験せずに終わろうかとしていました。しかし、ひょんなことから頼朝方の三浦勢と戦いになります。
物語の序盤と終盤で登場する小鶴という女性が、初陣での重忠の感情に大きな影響を与えます。この辺りが本作の読みどころと言えるでしょう。
闇の通い路
主な登場人物
あらすじ
公業に仕える鶴五は、隣の朝親の元で働くなぎさに隠れて会いに行っていました。
いつものように築地の穴をくぐって館に戻ろうとした鶴五でしたが、不意に誰かに首筋をつかまれます。つかんだのは、主の公業。野盗が盗みに入ったものかと思った公業でしたが、つかんだ相手が鶴五だったことから、そうではないと気づきます。
女に会いに行っていたのか尋ねられた鶴五は、その通りだと公業に答えます。すると、公業は、その女に会わせるように鶴五に迫ります。しかし、なぎさを奪われたくない鶴五は、咄嗟に朝親の御内室が公業に惚れていると嘘をつき、事態は思いもよらない方に進んでいくのでした。
読後の感想
鎌倉時代初期の不倫を題材にした短編です。
不倫と言っても、庶民の不倫ではなく鎌倉幕府の勢力図に大きな影響を与えかねないような不倫です。小鹿島公業と美作朝親の内室との不倫が、やがて侍所別当の和田義盛まで登場する大きな事態にまで発展します。
その経過が、下人の鶴五と恋人のなぎさの視点で描かれていることから、権力者の不倫がなんとも身近なものに感じられます。
猪に乗った男
主な登場人物
あらすじ
源頼朝が催した富士の巻狩りに仁田忠常も参加しましたが、野兎1匹を獲っただけでした。ところが、周囲からは大きな猪を仕留めたと噂されます。
忠常がどんなに否定しようと、その噂は尾ひれを付けて方々に伝わっていきました。
その巻狩りの際、曽我兄弟が工藤祐経を暗殺する事件が起こります。北条時政の幕舎でごろ寝していた忠常は、ただならぬ悲鳴を耳にし、すぐに刀を取って立ち上がりました。すると、黒い影が走り込んできたので、忠常は咄嗟に刀を突き刺し黒い影を仕留めます。
仕留めたのは、曽我十郎。後に曽我兄弟の仇討として有名になった事件は、忠常のその後に大きな影響を与えるのでした。
読後の感想
鎌倉幕府の御家人仁田忠常を主人公にした短編です。
源頼朝が鎌倉幕府を開いて間もない頃は、御家人間の勢力争いが盛んで、内部紛争が次々に起こっていました。そんな時期、忠常は、北条と比企の勢力争いに知らない間に巻き込まれていきます。
自分のことを取り立ててくれた北条時政に感謝する忠常でしたが、源頼家から受け取った書状を読んだ後、時政に対して疑心暗鬼となります。
仁田一族滅亡の裏にいったい何が隠されているのか。まさに鎌倉時代のサスペンス劇場です。
雨の香り
主な登場人物
あらすじ
花世は、母が加地平太の後添えになったことから加地家に奉公することになりました。そして、平太は、息子の平次と花世を将来夫婦にしようと考えていました。
ところが、ある日、平次は落馬が原因でこの世を去ります。さらにその3年後には、花世の母も病死しました。
それから、平太と花世の二人だけの生活が始まり、平太は花世に恋をするのでした。
読後の感想
鎌倉時代の御家人と奉公人の恋を描いた短編です。
恋といっても、義父と義娘の恋であり、一般的には許されない恋です。しかし、本作では、花世の母が病死していることから、許されない恋とまでは言えません。
平太の花世への思いはどうなるのか。鎌倉幕府内の北条と三浦の権力争いが二人の運命に大きな影響を与えます。
宝治の乱行葉
主な登場人物
あらすじ
鎌倉幕府の権力争いから起こった宝治の乱。北条と対立する三浦についた小佐田助良が自害して果てると、彼に仕える荒作弥次郎は、館に戻り、主人の妻の朝路と娘のみづきにそれを伝えました。
病み上がりのみづきは、朝路とともに下野まで逃れることができず、弥次郎とともに諸田郷の中に身を隠すことに。
ほとぼりが冷め、弥次郎は、みづきを自分の姉と偽って、諏訪則保に仕えることになりました。しかし、諏訪則保は、賭け将棋の負物として彼女を伊具四郎に遣わすのでした。
読後の感想
鎌倉幕府の北条と三浦の権力争いから起こった宝治の乱に巻き込まれた小佐田助良の娘みづきと彼女に仕える荒作弥次郎を描いた短編です。
鎌倉幕府の成立後、平和な世の中が訪れたように思われがちですが、幕府内の権力争いはなかなか終わらず、50年以上も続いていました。歯向かう者は草の根を分けて探し出し抹殺する北条から、みづきと荒作弥次郎は逃れることができるのか。主従関係を超えた恋とともに逃走する者の心理が読みどころです。
闇の通い路-永井路子 |
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