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回天の門

清河八郎の生涯を描いた作品です。学問と剣術に励む若き日の清河八郎。それが、やがて交際する友人たちの影響により、国事に奔走するようになります。外国からの侵略を防ぐために考えをめぐらし、浪士組と倒幕へと進む清河八郎の運命はいかに。
 
 

主な登場人物

あらすじ

天保4年(1833年)11月末。清川村の斎藤家の米蔵が夜盗に襲われました。

盗まれた米は、藩が斎藤家に預けていた年貢米。天保2年から3年にかけて米の不作が続いたため、百姓たち16人が米蔵を襲ったのです。

夜盗はしばらくして捕えられました。斎藤家の4歳になる男の子の元司が2人の夜盗の顔を見ていたのが、そのきっかけでした。以来、元司は、子供の頃から仲間はずれとされ、14歳になった時には、遊郭に通う放蕩三昧の日々を送っていました。

この元司こそが、後の清河八郎です。

心を入れ替えた元司は学問を始めます。この頃、藤本津之助(藤本鉄石)が斎藤家を訪ねてき、元司は文武の両面で彼の影響を大きく受け、やがて、父の反対を無視して江戸の東条一堂の塾に入門し、一心不乱に学問にはげみました。

その後も父とのいざこざはあったものの、八郎は学問を続けるとともに千葉周作の北辰一刀流道場に通い文武両道を目指します。また、この頃、間崎哲馬などの友人とも出会います。

嘉永6年(1853年)6月のペリー来航に衝撃を受けた元司は、この頃、名を清河八郎と改め塾を開くとともに、お蓮を妻に迎えました。また、山岡鉄太郎、樋渡八兵衛(ひわたりはちべえ)、伊牟田尚平らとも交わり大いに時勢を論じ合います。

安政の大獄を断行した井伊直弼が桜田門外の変で倒れると、八郎は幕府に代わる新たな仕組みを考えるようになり、同志とともに虎尾の会を結成します。しかし、虎尾の会は幕府の役人に狙われるようになり江戸を脱出します。安積五郎、伊牟田尚平とともに旅に出た八郎は、やがて京都に入り人脈を築くと、九州に倒幕のための同志を募りに行きます。

そして、文久2年(1862年)に八郎は薩摩藩を利用して倒幕を計画しますが、事はうまく行かず、薩摩藩士同士が斬り合う寺田屋事件が発生します。それでも、倒幕をあきらめない八郎は、山岡鉄太郎とともに浪士組を結成します。

しかし、時勢はまだその時を迎えていませんでした。

読後の感想

清河八郎の生涯を描いた作品です。

彼は、様々な策を弄して、尊王攘夷の志士たちをたぶらかした印象があります。でも、彼の心の中にあったのは、国が外国に侵略されることを阻止することでした。

そのためには、外国人を日本から追い出す攘夷を唱えているだけでは意味がありません。国のかたち、すなわち、幕府を倒して新たな政治体制を築くことが重要だと考えていたのです。

しかし、清河八郎の考えは、まだ早すぎたのかもしれません。明治維新に向かって急速に時代が動き出すのは、彼の死後2年ほど経ってからです。

回天の門の前半では、清河八郎が学問と剣術にひたすら打ち込む姿が描かれています。この頃の清河八郎には、とても魅力を感じますね。後半では口先一つで、人々を思いのままに操ろうとする清河八郎ですが、前半ではそのような感じは全くありません。

彼の政治思想に大きな影響を与えたのは、彼のもとにやってきた同志たちだったのかもしれませんね。

 
 
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