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陰陽師 飛天ノ巻

上賀茂神社の近くで子供が通行人にいたずらをする「天邪鬼」、藤原兼家が百鬼夜行と出会った「露と答へて」、毎晩堀川橋に出る妖しい女房に源博雅が会いに行く「源博雅堀川橋にて妖しの女と出逢う」など、陰陽師安倍晴明が都で起こる怪異を解決する短編7話を収録。

収録作品

  1. 天邪鬼
  2. 下衆法師
  3. 陀羅尼山
  4. 露と答へて
  5. 鬼小町
  6. 桃園の柱の穴より児の手の人を招くこと
  7. 源博雅堀川橋にて妖しの女と出逢う

天邪鬼

主な登場人物

あらすじ

源博雅は、安倍晴明と酒を飲んでいる時、上賀茂神社の近くで、あやかしが出たという話を始めます。

ある時、2人の男が歩いていると、正面に裸の童子が現れ、ここを通りたいのかと訊ねました。通りたいと答えると、今度は通さないと言い出します。2人は、太刀に手をかけ童子の横を通り抜けようとすると、童子の姿が十尺あまりの高さに大きくなり、踏みつけられてしまいました。

晴明は、教王護国寺の玄徳から聞いていた話を思い出し、博雅とともに上賀茂神社に向かうのでした。

読後の感想

お寺に祀られていることがある四天王像の足元には踏みつけられた邪鬼がいます。本作は、その邪鬼の話です。

物語は、源博雅が安倍晴明に上賀茂神社であやかしが出ることを話す場面から始まります。あやかしの正体に見当をつけた晴明は、源博雅とともに上賀茂神社に向かいますが、読者はその時点では、これからの展開を想像するのは難しいでしょう。

結末は、あっけないのですが、そこに行きつくまでの展開が読者の好奇心を掻き立てます。

下衆法師

主な登場人物

あらすじ

雑談を交わす源博雅と安倍晴明。その雑談が終わり、博雅が晴明に寒水翁という絵師から頼まれごとをしたことを話し始めます。

寒水翁は、外術(げじゅつ)を人に見せる商売をする青猿法師に自分にも、その外術を教えて欲しいと頼みました。最初は断っていた青猿法師でしたが、寒水翁が熱心に頼むので、仕方なく外術を教えることを約束します。

青猿法師は、寒水翁に、7日間精進して身を清め、交飯(かちいい)を清く作って盛り、それを持って自分のところに来るように言いました。その際、刃物を持たずに来るようにとも青猿法師は言いましたが、その言葉が気になった寒水翁は、短い刀を隠し持って青猿法師に会いに行くのでした。

読後の感想

安倍晴明と源博雅の雑談には、興味深いところがあります。本作でも、どんなに精神を鍛錬しても、人が欲望を持つことは成仏しがたいことなのだと考えさせられます。

さて、博雅が晴明に話した寒水翁と青猿法師の話でしたが、その後、約束を破った寒水翁は恐怖の3日間を過ごすことになります。寒水翁を襲った恐怖とは何だったのか、鶴の恩返しのような展開へと続いていきます。

陀羅尼山

主な登場人物

あらすじ

安倍晴明と源博雅が話をしていると、叡山の明智(みょうち)という僧侶が晴明に相談があると訪ねてきました。

明智は、毎晩、尊勝陀羅尼を唱えていたのですが、4日前の晩に不思議な夢を見たことを話します。夢の中に現れた僧形の男は、明智の尊勝陀羅尼を聞いていると身体が重くなって飛べなくなったと言います。そこで、僧形の男は、香を焚くように依頼し、明智はそれに従い香を焚きます。

その夢が3日続いたところで、僧形の男は、明智に安倍晴明に頼んでもらうようにお願いしました。

読後の感想

人はどんなに精神を鍛錬しても、煩悩を捨てきれないものだということを教えてくれる短編です。

叡山の明智は、その煩悩により不思議な夢を見、その中に現れた僧形の男も、煩悩のせいで飛べなくなっていました。心身ともに軽やかになるには煩悩を捨てなければなりませんが、そう簡単に捨てられないのが煩悩なのでしょう。

露と答へて

主な登場人物

あらすじ

ある日、源博雅は、藤原兼家のもとを訪れた時の話を安倍晴明にします。

藤原兼家は、5日前の晩にある女の家に向かうため牛車に乗っていました。そして、神泉苑の角を曲がり、二条大路を西に向かっていると、百鬼夜行に出くわしました。

兼家は、尊勝陀羅尼を記した紙片を舎人とともに握りしめていたため、鬼に見つかりませんでしたが、牛は鬼に食べられてしまいました。

それ以来、兼家は、女のもとに通えなくなるのでした。

読後の感想

藤原兼家が百鬼夜行に出くわしました。

陰陽師の安倍晴明は、どのようにして百鬼夜行に出くわした藤原兼家を助けるのか、その方法は意外なものでした。

源博雅は、兼家の邸宅を訪れた時に会った娘の超子(とおこ)にある和歌を聞かせられます。その歌が、事件の解決へと繋がっていきます。

鬼小町

主な登場人物

あらすじ

安倍晴明は、源博雅とともに牛車に乗って八瀬の山里にある紫光院というお寺に向かっていました。

紫光院の如水法師は、ある時から、老婆が花や木の実、木の枝などを本堂の前に置いていくのに気づきます。不思議に思った如水は、老婆に声をかけると、彼女は近くの市原野の庵に住んでいると言い、如水に庵に来て欲しいとお願いしました。

その願い通り、如水が庵に老婆を訪ねると、彼女は強い力で如水の手を握りしめ男の声を出し始めます。恐ろしくなった如水は、般若心経を唱え、老婆がひるんだ隙に慌てて逃げだしました。

しかし、その一件以来、毎晩、如水を訪ねて老婆が寺にやって来るようになります。その話を博雅が晴明にし、2人は八瀬に向かうことにしたのでした。

読後の感想

京都市左京区の市原に小町寺と呼ばれる補陀洛寺があります。ここは、小野小町終焉の地とされています。本作には、補陀洛寺は出てきませんが、当地がその舞台になっています。

本作は、深草の少将の百夜通いの伝説も知っていた方が、よりおもしろく読めるでしょう。深草の少将は、小野小町に恋をしましたが、彼女は、100日間毎夜会いに来てくれたら、想いを遂げさせてあげましょうと言います。それを信じた深草の少将は、99夜通い続け、100夜目に通うことができずに死んでしまいました。

今も京都市伏見区には深草の少将が住んでいたと伝えられている地に欣浄寺(ごんじょうじ)というお寺が建ち、山科区には小野小町の邸宅があったと伝えられている地に隨心院(ずいしんいん)というお寺が建っています。両方のお寺に行ったことがある人は、100夜も通い続けるのは厳しいこととわかるでしょう。

桃園の柱の穴より児の手の人を招くこと

主な登場人物

あらすじ

源博雅が安倍晴明に源高明の桃園邸で起こった怪異を話します。

毎夜、源高明の桃園邸の柱の節穴から児(ちご)の手が出てくるものの何も悪さをしません。源高明は、放っておこうとしますが、家人が気味悪がるので、柱の節穴に征矢(そや)を突き立てたところ、稚児の手は出なくなりました。

しかし、その後、桃園邸では、人の指が落ちていたり、蛙が這い出たりする気味の悪い出来事が頻発するのでした。

読後の感想

源高明の桃園邸で起こる怪異を安倍晴明が解決する短編です。

怪異が起こる原因はあっけないものですが、読者は、最初のうちは何が起こっているのか薄気味悪い気持ちになります。

源博雅堀川橋にて妖しの女と出逢う

主な登場人物

あらすじ

梅雨が明けた頃の夜。清涼殿で宿直(とのい)の者たちが、よもやま話をしていました。

そして、その話は、三条東堀川橋であやかしが出た話題となります。ある晩、小野清麻呂が、堀川橋で30歳ほどの女房と出会いました。その女房は、橋を渡らないように頼みましたが、清麻呂は断ります。

すると、女房は、渡るのなら、近々予定されている橋の架け替えの延期を帝に奏上してくれるよう頼みます。しかし、清麻呂はそれも断りました。清麻呂の返事を聞いた女房は、橋の上に赤い小蛇をまきます。その小蛇はたちまち炎となって橋を燃やし始めたため、清麻呂は慌てて橋を引き返しました。しかし、振り返ると、橋は燃えておらず、女房の姿も消えていました。

読後の感想

本作は、序盤で源博雅の生い立ちや彼が笛の名手であることが紹介されます。『陰陽師』のシリーズで、源博雅は重要な役回りを演じているので、読者は、その人物像を知っておいた方が、作品をより楽しめるでしょう。

本作は、安倍晴明よりも源博雅の出番が多くなっています。堀川橋で怪異が続いたことから、宿直たちは博雅を通じて晴明に解決してもらうよう頼みます。でも、誰かが殺されたわけではないので、晴明に頼むわけにもいかないと判断した博雅は、一人で堀川橋に向かいます。

博雅は、どうやって怪異を解決するのか、序盤での博雅の紹介と物語の結末がつながっていきます。

陰陽師 飛天ノ巻-夢枕獏
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